和薬膳学び舎 あさのは

大阪・北摂を中心に、日本のおうちごはんと薬膳のいいとこどり『和薬膳』講座を主宰。五感で学ぶ子ども料理教室の講師として、大阪・神戸・京都で活動中。

どうして薬膳はじめたの?③

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桑の実(養肝・補血・滋陰)

 どうして薬膳はじめたの?と聞かれて…

 

振り返ってみると

食に携わるようになってから

薬膳に出会うまでに

20年ほど経っていました

 

今回は、その振り返りの3回目です

 

出産を機に、私の視点は変わっていきました

 

息子の離乳食が始まってしばらくすると

全然食べなくなる時期がありました…

検診のタイミングだったので

保健師さんに相談するも

『様子みましょうか』

その次の週も

ちょっと食べたら、もういらない

といって全然食べてくれない

1週間後

私は不安でいっぱい

もう一度

保健師さんに相談にいきました

『様子をみましょうか』

・・・

いろんな感情が渦巻きました

その時から

家族の健康は、私が守る

と決めました

 

今となれば

その保健師の方は

マニュアルもあって

個別の細かい指導は

できなかったのかもしれない

と考えることもできます

 

でも

はじめての子育てで

不安をいっぱい抱えている母親には

とてもつらい経験でした

 

この時の経験と思いは

今でも忘れられません

その時に芽生えた

家族の健康は私が守る

という強い気持ち

食は、オーダーメイドがいい

そう思いました

 

それが、のちに

薬膳につながる道を

選ばせたのだと思います

  

そう思った瞬間から

自分が欲しいと思っている情報は

不思議なことに

自然に

目に入るし耳に入るし

ご縁もつながるようになりました

 

娘がアトピー性皮膚炎になってからは

マクロビオティックを勉強しました

作ってもみました 

材料を揃えるのも大変

食材費もかかる

元気いっぱいの長男を育てながら

娘を看病するのは

身体も精神的なものも

限界を超えていて…

 

マクロビには

大きな変化やメリットを

見いだせなかったので

欲しい知識だけを残して

ス〜ッと離れました

 

こうしなければいけない

と枠を決められることは

しんどかった・・・

誰にも強制されていないけど

自分で自分に

プレッシャーをかけてしまっていたのでしょうね

 

娘が幼稚園に入園してから 

食で社会に繋がりたいと思っていた時に

お声をかけていただき

栄養士会に入会しました

 

食育スタッフや

料理教室のスタッフとして

活動する機会ももらいました

 

 20代前半から

いつか料理を伝えるなら

子どもたちに教えたいなぁ

と思っていたけど

いざ、

親子教室で教える立場になると

子どもたちに対して

どこまで口を出して

どこまで手を出していいのか

いつもいつも迷い、反省の日々…

どれが正解なんだろう?

 

子どもたちには

自分のからだと心を

作ってくれる食のことを

小さいうちから

しっかりと身につけて欲しいから

悩みながらも

活動を続けていました

 

数年後

ある先生との出会いで

私は目の前が

一気にクリアになる

“眼から鱗”という

体験をすることになります

どうして薬膳はじめたの?④ つづく)